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自覚症状の始め 2006年9月下旬

2006年の夏は残暑が長く厳しい日が続いていました。

暑い夏が平気な私ですが、さすがにちょとバテ気味だったことを覚えています。8月のある夜、母が夕食時に、「夏バテかねぇ・・食欲がないんだよね。なんか胃の辺りが痛い様な気もするし・・。左胸の下の辺りも痛みがある・・」と言っていました。

母は健康診断は欠かさず行っていて、2006年4月に受けた健康診断では「異常なし」とのことでした。

私は「夏バテかもしれないねぇ。でも一応病院に行って診察してもらったら?オレは医者じゃないからちゃんと診てもらって判断したほうがいいよ。痛みがあるなら検査してもらえば・・」と言いました。

母は産まれてから一度も大きな病気や怪我をしたことがなく、入院経験がありませんでした。毎日、介護老人の家を訪問してヘルパーとして忙しい日々を過ごしていました。だから、元気な母親の姿しか記憶にありません。まして、この入院が最期とは想像もしませんでした。

そんなことをしばらく言っているうちに1ヶ月が経ち、9月の下旬になっていました。

母はまた「まだ痛みがあるんだよねぇ・・・もう1ヶ月も経ってるのに」

私は「そんなに長いのはちょっとおかしいから、大きな病院に行って精密検査をしたほうがいいよ」と言いました。

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母は、普通ではない痛みと自覚していたようで、ちゃんと医者に行って診察を受けていたようです。いつも行っていた消化器科の医院ではなく、近くのちょっと大きめの診療所にも行って診てもらっていました。

2006年9月25日(月)に、診察してもらった診療所では詳しい検査をしていたようでした。

下の紹介状はその診療所の医師が書いてくれたものです。

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母はこのときに実の弟の、昭夫おじさんにこの症状について電話相談をしていたようでした。昭夫おじさんの奥さんは看護婦で、その息子はある大学病院の癌科の医師です。しかし、勤務先が群馬県の病院のため、母は、いとこの医師に診察してもらうことは出来ませんでした。昭夫おじさん自身も前立腺が悪く、月に数回病院に通っていました。これから母が入院することになる東京都立府中病院は日本最大のER(救急救命)診療の受付がある病院です。

普通、この病院で診察を受けるには、母のように「紹介状」を持っていって診察を受けるのが通常だそうです。しかし、噂に聞いたところ、1ヶ月待ちだとか・・。

母は我慢強いのか、普段痛みを大きく訴えることはありませんでした。しかし、このときの母の身体の痛みは相当な激痛だったようです。1ヶ月待ちなんてとても出来ない激痛だったのでしょう。結局、母は9月29日(金)にER診療科に行き、診察してもらいました。

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続いて、2006年10月3日(火)にも診察に行きました。このときはまだ母はまさか自分が末期癌患者だとは全く思っていなく、診察結果も出ていなかったので、簡単な痛み止めの薬を服用していたようです。府中病院で診察してもらってからは大きな痛みを訴えることはありませんでした。

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