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自宅療養の日々  2006年11月~12月31日

自宅に帰ってきてからの母は、毎週火曜日に病院での抗ガン剤治療に通院して、それ以外は家で寝ていました。

寝てるといっても、一日中睡眠しているわけではなく、食事や友人・知人がお見舞いに来たときには起きあがり、楽しそうに話をしていました。

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しかし、食事は「すいとん」以外はほとんど食べられませんでした。また抗ガン剤はいろいろな副作用を必ず引き起こすので、吐き気・眠気は頻繁でした。もう12月に入った頃には、ほとんど歩けないほど体力は落ちていました。かろうじて、家のトイレには自力で行っていました。

食事は味覚障害の為、楽しむというわけにいかず、もっぱら薬を飲むために食べているような感じでした。

また、顔が抗ガン剤のせいか、服用している薬のせいなのかわかりませんが、頬がふっくらしてきて、見た目は健康そのものに見えました。母自身も驚いていました。母は肥満ではなかったですが、肥満体の方の顔つきのように、顔だけはふっくらしていました。

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母は自分で自分の症状を記録していました。何のための記録だったのかはわかりませんが、今となっては貴重な記録になりました。

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自分の症状以外にも、誰々からお見舞いを戴いた、など、いろいろ書いてありました。

夜の9時頃には母は寝ていました。その寝顔を見ていると、末期ガンで余命がほとんどないとは想像もつかないくらい穏やかな表情をしていました。寝息をたてていたこともありました。

しかし、必ず近いうちに、この寝顔が寝息をたてない、冷たい身体になることに覚悟をあらたにしていました。

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