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余命宣告 後編 2006年10月26日(木)

*** 前編からの続きです。 ***

担当医 「 ・・・まぁ・・そこまで・・まぁ・・そのね・・お母さんのご兄妹でね・・不幸が続たってことでね・・・本人にも、うすうす、わかったってことでね・・お家の方も、予め知識としてね・・わかった・・まぁ癌のことをお持ちなようなのでね・・まぁ・・我々のまぁ・・申し上げたことを・・大体ね・・おわかりいただけたんじゃないかと思うんですけども・・今日わざわざ・・今日、本人に言わないでね、来てくださいって言ったら・・そういうね・・ちょっと・・本人の耳にいきなり入れるのはね・・ちょっとまぁ・・本人もけっしてね・・治ると・・・絶対治るとね・・そこまで・・その思ってるか・・・多分、事情はね・・わかってると思うんです・・もう、そういう・・あの・・完全に癌を治癒させるのができないんじゃないかっていうのはね・・・でもまぁやっぱりね・・少しでもね・・あの・・こちらはあえて・・まぁ・・どんな元気な方でもね・・具体的にね・・本人の前で・・あなたは3ヶ月ですとかね・・・あの・・一年ですとか・・・極力そういうのは申し上げないことにしてます・・それは、まぁ・・それがね・・あの・・患者さんにとってね・・ご家族とかはある程度ね・・そういう情報は入れとかないといろいろね・・あるので、入れとくことが多いのだけれど・・本人はやっぱり・・(余命宣告を)入れとくことで、それがプラスに働くか、マイナスに働くか、人によって違うんだけども・・基本的にはやっぱり、その・・・あまりよくないことが多いんですよね・・・」

私 「 はい 」

担当医 「 ・・社会的に凄く重要な立場でね・・もう・・身辺整理を全部やっておかなきゃいけないていう人だったらね・・言うこともあるけども・・・通常は・・あえてその・・何ヶ月・・・そういうのは・・具体的には・・・私は・・まぁ・・言わない事にしててね・・そのかわり、まぁ・・その・・・ちょっとぼやかして・・・少しでもね・・治療の方にね・・前向きになって・・もらうように・・まぁ・・してるんですけども・・。お家の方には真実をね、伝えておかないといけないと思いまして・・・今日お越しいただいたんです・・・。」

私 「 はい。わかりました 」

担当医 「 で、本来ならね・・お家の人を呼んでから・・その・・モルヒネ使います、ってお話をするべきところだったんですけど・・あまりにも痛みが強いので・・・本人にだけは簡単なお話をして使わさせて頂きました。」

私 「 はい 」

担当医 「 ・・で、先ほど言ったように、便秘、とか、あと・・眠りがちになる・・もっともっと多い量を使うと、呼吸が弱くなるとか・・そういうのありますけど・・通常の・・あの・・今使ってる量だと・・特にそういうことは問題無いかと・・思ってます。」

私 「 はい 」

担当医 「 で、今後・・まぁね・・癌を小さくしていくっていう目標はあるけども・・主に・・やっぱその・・痛みを・・結構・・やっぱりね・・あの・・ご高齢でいらして・・特に・・あの・・もう・・若い子らと違って・・(痛みを訴えることを)もう・・言うことが遠慮して・・恥ずかしいって思うふしがあるみたいでね・・こちらが・・察知してあげないと・・なかなかそのね・・痛みのことを言ってくださらないことがあるのね・・」

私 「 あぁ・・そうなんですか・・」

担当医 「 ・・・あの・・痛み止めを・・まぁ・・極力使ってね・・・あの・・・どうしても苦痛・・緩和ね・・癌をよくするっていうより、むしろ緩和・・症状を緩和するっていうことをね・・ことをね・・あの・・今、一番に・・考えてあげるべきではないのかな・・と思って・・まぁ・・治療しています。・・・で、まぁ・・外来のね・・抗ガン剤の治療が出来る間は・・その・・続ける。抗ガン剤の治療が出来なくなるような状況になったら、また・・あの・・・お話をしてね・・あとは抗ガン剤の治療が出来ないレベルでね・・その・・・お家の方とかと・・密にね・・その・・入院をしたりね、してね・・あの・・ず~っと濃密な時間を過ごす場合・・その・・なかなか・・府中病院だとね・・あの・・いろんな制約があってね・・まぁ・・難しいんだけどね・・例えばその・・ホスピスとかね・・そういうところに・・その・・ご紹介するっていうことがね・・あるかもしれない。それはまだ随分先のことだけど・・」

私 「 はい 」

担当医 「 あの・・・ですから・・まぁ・・今そういうこと、癌の治療してる間はホスピスとかっていうのは全く縁がない。癌の治療をしないで・・もう・・要は、自然の経過に任せましょう。痛みだけを取りましょう、っていう状態になったときに、そういうホスピスとかね・・そういうところの・・まぁ・・あの・・・ホスピス病棟を持っている・・・まぁ・・・桜会(社会福祉法人 聖ヨハネ会桜町病院)とかね、近くだったらそういう病院があるんです・・清瀬市の方にもありますけども・・そういう病院であったりね・・・そういうところを、ちょっと・・お家の方と相談して・・見学に行ってもらったりとか・・今後そういうことを・・・まぁ・・癌がある程度進行がゆっくりであればね・・ちょっと考えさせて頂く時期が来るかもしれない。・・ただもう・・あっという間に癌が進行してしまう場合はね・・そういうことのお話を進めてるうちに、もう・・全身のほうがね・・あっという間に衰弱しちゃっててね・・・(重篤な状態も)あり得るんで・・・それはまぁ、今の私の話は、(ここだけの)話だけに・・ちょっとね・・留めておいてください。特に・・具体的に、どうこうって、今のところは、そういうことでは全くないので・・。」

私 「 はい。わかりました 」

担当医 「 まずは、今のところは、抗ガン剤と痛み止め。一応、二本立てで、やっていきますのでね・・。」

私 「 はい 」

担当医 「 ご長男さんの方からは、何か(質問は)ないですかね?」

私 「 ・・・う~~ん・・・・・(弟にむかって)あるか?」

弟 「 ・・・実際CT撮って・・じゃないですか。もうどのくらい経過してるんですか?・・実際・・」

担当医 「 いつから始まったか・・う~~ん・・それは何とも言えないですね・・・・」

弟 「 ( CT画像 )見た感じで、どうです?」

担当医 「 う~~ん・・・それは半年とか1年ぐらいは経過してるんじゃないかと思うんですよ・・・」

弟 「 ・・もう大体、それくらい(の経過時間)なんですか・・・」

担当医 「 正直・・・でもねぇ・・わからないです。つまりその・・手術が・・出来るレベルで発見されることが極めて・・・・まぁ・・あの・・発見されずらい病気なんですよね・・元来、胆管癌っていう病気が・・・なので、血液の異常にも引っかかりにくいですし・・超音波とかを・・やるね・・検診とかでやる場合もあるけども、通常我々のなかでも、B型肝炎とかC型肝炎とかを持っている人がね・・あの・・・外来に来ればね・・その・・超音波をマメにやりますけども・・・あとは、そんなにやんないですからね・・やっぱりだから・その・・非常に、我々のなかでも・・やっぱその・・まぁ・・早期発見がしづらい・・・治療もしづらい・・凄く厄介でね・・あの・・・厄介な病気っていう認識がありますね。」

弟 「 じゃあ・・普通の健康診断ではまず発見できない・・」

担当医 「 進行してしまって見つかることが多いです。やっぱ症状を訴えて・・病院にかかられて・・まぁその時にはもうかなり進んでしまっていることが・・多いと思いますね。・・・で、肝臓の癌の中でも・・その原発性の肝細胞癌っていうのは・・普通の方の肝癌ね・・普通の方の肝癌と比べてやっぱこの全身に転移をきたす率が高いと言われてます。・・・だからリンパとか骨とかね・・骨は、肝癌でのね、原発性の普通の肝癌・・骨にいくことはあるのだけど・・リンパとかにあまりいかないので・・・ただまぁ・・リンパにいった時点で遠隔転移ってことで・・・第一・第二・第三・第四という癌の進行度と言った場合に・・第四になってしまうんです・・その時点で・・」

弟 「 はぁ・・・」

担当医 「 第四、っていうのはまぁ・・あの・・基本的に、手術が全く出来ない状態ですし・・まぁ・・・第四=(イコール)末期かと言われるとね・・なかなか難しいんですけど・・基本的に、イコールじゃないんだけど・・その末期っていうのは、我々の感覚のなかでは・・あと半年ぐらい・・以内の人のことを・・あの・・末期というね・・言い方をするんで・・・まぁ・・そうであるなら・・さっき3ヶ月とかね・・申し上げたんですが・・その範疇に含まれてしまうわけなんでね・・・・・言葉は・・・響きは悪いけどね・・末期の癌ということになってしまうんです・・・」

弟 「 痛みっていうのは、どういう痛みですかねぇ・・・私も尿管結石やったことがあんですよ・・ああいう感じなんですかね・・」

担当医 「 尿管結石の痛みはやっぱりその・・内圧が高くなって・・その・・引き伸ばされる痛みだと思うんですけども・・・肝臓の中の細胞自体には痛みはないので・・その・・肝臓を包んでる腹膜であったり・・あとその・・肝臓のね・・ボリューム自体がね・・こう・・癌のために肝臓が張ってる状態ですから・・それで・・伸ばされて痛いんじゃないか・・と思うんですね・・」

弟 「 ・・・伸ばされて痛いんだ・・・」

担当医 「 あと・・でもその・・押すと痛いとかっていうのは・・まぁ・・そうなんでしょうね・・そこが・・もうね・・こうね・・普通の人より張り出してきてる状態・・・あとはまぁ骨の痛みですね・・骨も、肩胛骨だけじゃなくて・・骨の芯っていうね・・あの・・核医学の検査をやったところ・・まぁ・・そこだけじゃなくね・・他のね・・あの・・全身の骨にね・・転移してるので・・・それがね・・そこが実は心配なんですね・・そういうところは弱いですから、体重がかかったりすると簡単に折れちゃってね・・」

私・弟 「 はぁ・・・」

担当医 「 ・・う~ん・・・病的な骨折をね・・起こすことがあってね・・そうするとね・・コルセット巻いたりね・・なんなりして、安全にしなきゃいけない・・・ますます・・その・・骨がつくまでは安静にしてなきゃいけないから、ますますその動きにくくなったり・・寝たきりになったり・・そうなってくると・・・ちょっと・・かなり・・・悪い流れに・・・ガタガタっと・・・・・」

私 「 ・・・なるほど・・」

担当医 「 だから・・そのね・・どうしてもその・・骨の転移がね・・酷い場合にね・・放射線をちょっとあてて・・その・・そこの局所的な治療をね・・痛みを取る、とかっていうそういう目的だけども・・やる場合もあるけど・・・それがでも・・全部に及んでる場合にはちょっと・・もう追いつかないことが・・あるので・・」

私 「 そうでしょうね・・全部だからね・・」

担当医 「 ・・・・・・ちょっと・・・ねぇ・・・・・あまりにも・・・ちょっと・・・ねぇ・・・・病気が・・・・・それが・・・・・ちょっとね・・非常に・・・だから・・・・こちらとしても残念ですね・・・・・・・・・・」

弟 「 家に戻ってきたときに、食事は何でも大丈夫なんですか?」

担当医 「 食べれるものであれば、治療上、これは止めてください、っていうものはないですね・・」

弟 「 特に胃がおかしいってわけでもないから・・」

担当医 「 あえて調べてはないですけど・・ただ・・胃の方には病気はね・・CTとかで明らかなものはないですね・・・・はい」

同席した医師 「 ただ・・あの・・治療始まってからとくに・・あの・・食事も・・ほとんど召し上がっていらっしゃらない状況なんで・・まぁ・・お家に帰った時はね・・あの・・食べたいもので、いいかと思います。」

弟 「 はい。なるほど・・」

担当医 「・・・実はね・・ちょっと・・ステロイドっていうお薬を・・・まぁね・・今・・・少し元気になったり、食欲がわいたり・・・っていうね・・それは癌の末期の人にしか使わないですけどね・・そういう使い方をね・・・あの・・治療というより・・少しでも食事が摂れるようにって、ことで・・実はお薬も、飲み薬を出してるんだけども・・ちょっとまだね・・あの・・それで我々も・・ちょっと劇的に食べられるようになるとまでは期待はしてないんだけども・・まだちょっとね・・あの・・お薬の効果が出てないです・・・」

私 「 あぁ・・そうですか・・。・・・・・・・・・・・・えっと・・・だから、とりあえずっていうか・・入院はどのくらいまで?・・」

担当医 「 ・・・う~ん・・あと・・・2回注射して・・・3回目のお休みですから・・その頃が・・あの・・副作用が出るピークなので・・その週を診てですね・・その週の体調・・・」

私 「 毎週・・・週に1回、抗ガン剤なんですか?」

同席した医師 「 2週連続で打って、・・で・・そのあと1回休みになります。」

担当医 「 その3週間が一つの単位・・・セットになってる・・・・・2回やって1回休み、2回やって1回休み・・・・・ほんとはね・・ほんとは・・3回やって1回休みっていうのが・・あの・・通常のやり方なんですけども・・そうすると・・高齢の方とかだと、3回やったときに・・その・・4回目の休みの時に凄い強い副作用が出ることがあるので・・・1回ぬかして・・・やってます・・・」

私 「・・だから・・・えぇ・・まぁ・・来月くらいになんのかな?・・」

弟 「 今週(10月24日 火 )から(抗ガン剤治療を)スタートしたわけですよね?」

担当医 「 今週から・・・・で、11月の第2週が休みの週ですので、副作用をみながら週末ぐらいに・・・。週末退院して、また火曜日来なきゃいけない・・・まぁ・・でも・・あとは・・おいおい・・あの・・週1回来るのを・・いいペースメーカーにしてもらって・・・って、いうふうに考えているんですけどね・・」

私 「 わかりました。・・・まぁ・・しょうがない・・ですよね・・あとは経過をみるしかないですよね・・・」

担当医 「・・はい・・」

同席した医師 「 また何かご質問とかございましたら・・・・言っていただければお応えいたします」

私達 「 どうもありがとうございました」

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コメント

長女さん コメントありがとうございます。

私の知り合いの奥さんも12月の末に子宮癌で45才の若さで亡くなりました。また、父親の昔の友人の息子さんが同じく12月に肺ガンで亡くなりました。42才でした。

いつになったら癌はなくなるんでしょうかね・・

投稿: 長男 | 2007年3月 6日 (火) 10時19分

お辛い時間でしたね・・・・。心から思わさせて頂いております。増してや、お母様は現状を知らないで元気な会話をされてるのを見ると、ご家族も堪らなかったと思います。

こんな話、慰めにはならないと思いますが、この1月、妹の夫がやはり癌で亡くなっているのですが、妹の周りで四十九日中、不思議な現象がおきてます。妹は全くそういう話は嫌いで信じてなかったのですが、信じざるを得ない事でした。

なので、自分たち家族は見守られてるのだと、生きる力になってます。長男様のお母様も、きっと天国から見守って下さってるのでしょうね。

投稿: 長女 | 2007年3月 5日 (月) 11時00分

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