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瀕死の母への退院勧告  2007年1月12日(金)

1月2日に容体が急変しましたが、12日まではなんとか小康状態を保っていました。

そして、この12日の夜に、担当医から退院についての話しがありました。この日に妹と病院に行く車中で、「 おそらく退院してくれ、っていう話だよ。今は病院では、末期のガン患者は死ぬまでちゃんと診てくれないから・・・。ホスピスか在宅の終末ケアの話だよ・・」というような話をしていました。

そして夜になり、担当医から家族の者が呼ばれて、話が始まりました。

それは妹が言っていた通り、退院勧告の話でした。母の今の状態は、2日に緊急入院した時よりも、少しは状態がいい事。そして、もうこれからは、抗ガン剤などで病気を治す(進行を止める)のではなく、痛みなどの緩和だけで、自然に死ぬまでケアするということでした。

しかし、末期ガン患者の終末ケアは、この府中病院ではやらないので、ホスピス病棟のある他の病院に行ってほしいとのことでした。だけれど、ホスピス病棟のある病院は、どこも満杯で2~3ヶ月待ちの状態で、入院予約しても、多くが「 死亡によるキャンセル 」が現状とも説明されました。そして、在宅での末期ガンの母の終末ケアについて話がありました。

ホスピスに予約しても順番待ちをしているうちに死亡してしまうのならば、選択の余地はありません。瀕死の母を家に連れて帰り、最後を看取るだけです。現在の病院の殆どが、末期ガン患者の終末ケアは行っていません。治癒できない、直ぐに死にそうな患者は病院から退院しなければなりません。病院は病気を治す所であって、治らない患者の居場所ではないようです。

担当医の、現在の末期ガン患者に対する医療の苦しい現状の説明を静かに聞いていました。私が、自宅で母の終末ケアをします、と言うと、担当医は安堵していたようでした。

しかし、母の病気は、ホスピスへの入院や自宅での終末ケアなんて時間は与えてくれませんでした。

14日(日)から容体がかなり悪くなり、モルヒネの量も増え、ずっと昏睡状態になりました。この日の夜に、現在群馬県の病院で医師をしている従兄弟が叔父さんと共に見舞いに来ました。そして、もう数日のうちに死亡する可能性がかなり高いと告げられました。

15日(月)の夕方に担当医が母の容体を診に来たとき、「 こないだは小康状態だったのですが・・・例の話(ホスピスや在宅の終末ケア)は、ちょっとやめてしばらく様子をみましょう・・・」と、申し訳なさそうな表情で話しました。この夜にも、看護婦をしている従姉妹が見舞いに来て、「尿が出なくなってきているから、もう1日ぐらいかも・・・」と話してくれました。

16日(火)にはもう酸素の供給量は最大になり、またモルヒネの量も今まで以上の量になりました。尿を貯めるビニールパックは赤茶色をしたままで、増えてはいませんでした。

昏睡状態で穏やかに眠っている母の死が数時間後に迫っていました。

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コメント

母を癌でそして同じ病院で亡くしました。母が亡くなった後にこちらのブログを拝見しました。現在、府中病院は総合医療センターに名を変え、癌の拠点病院となっています。しかし、それは名ばかりで緩和ケアは外来しかなく、緩和病棟はない。母の入院中も病棟や医師に対し不信感しか残らず、あの病院に行かなければ、転院していたら母はもっと長生き出来たのではと自分の無力さに悔しい思いで一杯です。同じ癌という病で同じ病院で母を亡くし、貴方様のお母様のご命日は私の誕生日で思わずコメントしました。これが貴方様のお目に留まるかわかりませんが、私は今、同じ思いをしています。
お母様のご冥福お祈り申し上げます。

投稿: むぎ | 2015年1月19日 (月) 00時08分

毎回こんな辛く悲しい話のBlogを読んで戴きましてありがとうございます。

実は今回の担当医からの退院勧告も録音していて、その全部を記述しようと思っていましたが、内容は、母の余命宣告の時と同じで、また、この担当医には全く悪意はないのですが、患者の家族からしてみれば、母が病院から見捨てられた、という私の個人的な怒りの様な不満が募ってきて、詳細な録音記録を聞けば聞くほど冷静になれず、概略の記述になってしまったのです。お恥ずかしいかぎりです。

次回は、母の臨終の話です。そして、次回で母の入院記録が終わるので、そこで、追想として、私の今まで書かなかった個人的な思いも書きたいと思います。これまではあえて客観的に書いてきました。感情的に記述すると、矛先のない怒りが爆発して、とても読んで戴くような文章ではなくなってしまうので・・。

投稿: 長男 | 2007年4月13日 (金) 00時03分

毎回複雑なそして辛い気持で拝見させていただいております。実際にはもう天国に召されてるお母様ですが、ブログ上ではまだ生きていらっしゃる・・・。あ~まだ大丈夫なんだ・・・という何かほっとした気持で読んでおります。でももう・・・。

ごめんなさい、これ以上なんと申し上げてよいかわかりません。ただ辛いだけです。

投稿: 長女 | 2007年4月12日 (木) 22時36分

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